個人山行報告

上州武尊山

藤井 諭

 

 2008年11月、上州武尊山へ登ったのはかれこれ30年前になる。当時は沢登りに夢中だった頃で、所属していた山岳会の仲間3人と共に沢登りで山頂に達した。まず自家用車で東京から沼田経由で入山した。そして川場谷の出会から沢の遡行を始めてその日は沢でテント泊、翌日午前に沖武尊の山頂へ立った。帰りは前武尊まで縦走し、車をデポした川場谷の出会に戻った記憶がある。しかし、当時は夜行日帰りのできる谷川連峰が関心の的であり、岩や沢を語り合った時代だった。向いにあるこの山は、アプローチが不便で主流ではなかった。

 現在もこの上州武尊山は、東、西、南のどちら側から登ってもアプローチが長いため、訪れる登山者は比較的少なく静かな雰囲気で楽しめる。今回は水上の方から入り、利根川源流の藤原湖から登ることにした。前日午後に上越新幹線で東京を発ち、上毛高原から水上で湯ノ小屋行きのバスに乗り継ぎ、上の原入口で降りて上の原山の家に宿泊する。翌朝は、明るくなり始めた5時40分頃に出発する。夜降り続いた寒い雨も何とか上ったようだ。

 11月初旬は山の紅葉も終わり、落葉の名倉沢の道をひたすらつめて尾根に出る。ここから左手には至仏山がすぐ近くに見えるようになり、尾瀬が近いことを実感する。避難小屋を過ぎると傾斜は急となり、ハシゴとクサリ場が連続するようになる。道には霜が降りて真っ白に凍っている。すべらないよう、飛び出た石や岩を足場として慎重に進む(剥き出た石は氷でコンクリートに固められたようになっている)。そして最後のクサリ場を     越えるとなだらかな尾根道となり、一気に大展望が広がる。縦走路の潅木は霧氷で覆われ、沖武尊の山頂へと真っ白なルートが続く(写真1)。    写真1 霧氷の武尊山頂           

 2158mの山頂に立ったのは10時30分、誰もいなかった。見渡すと曇天だが雲は高く、至仏山、燧ケ岳、日光白根山、皇海山、赤城山、榛名山、浅間山、そして谷川連邦と名だたる山々がグルリとこの山を囲んで見える。つまりこの山は、そのヘソにあたる絶好の展望ポイントであることがわかる。近くを見れば南に剣ケ峰山、獅子ケ鼻山へ続く岩峰がカッコイイ(写真2)。東には前武尊、不動岳へ続く岩峰群がアルペン風に連なる。「上州武尊山は名山である」ことを、30年たって年を取るこ     写真2 剣ケ峰山への縦走路

とで初めて知った気がする。

 頂上直下で、登ってくる若い男女ペアに声を掛けられた。「これから剣ケ峰山の縦走コースをとるが大丈夫か?」とのこと。凍った岩に注意するよう言っておいた。名倉沢の帰りでは、重そうな荷物で登ってくる若い女性2人パーティに出会った。今日は手小屋沢避難小屋に泊り、明日に前武尊へ縦走するそうだ。「上では名山が全部見えるよ!」と言ったら急に元気が出たようだった。土曜日なのにこの日に会った登山者はこの4人だけ、奥深い山の静かな旅だった。

 下山途中、宝台樹スキー場を左手に里山の紅葉の中、道の両側にはたくさんのペンションや民宿が並んでいた。スキーシーズンは賑わうのだろうか。上の原入口に下り、バスにて再び水上経由新幹線駅まで戻った。昔は奥深かったこの山も、時代と共に便利になったようだ。