犬山城
2025年9月28日 待望の国宝の犬山城を見学した。 地元の松江城と既に姫路城、松本城、彦根城を見学していたので、 これで5国宝城を全て訪れたことになる。 犬山城は北アルプス往復のJR中央線で車窓から眺めるだけだったので、やっと夢がかなった。 松江城に比べるとコンパクトな作りだった。階段は狭く、最上階も広間はなく手すり沿いに一回りだった。 しかし眺めは良かった。木曽川がゆったり流れて天然のお堀となっている。 濃尾平野が果てしなく広がり、遠く名古屋の街まで見通せた。 北には白山が聳えるが、この日は雲で見えなかった。 大都市に近いためか見物客が多く列で、若い人は浴衣姿などと観光地として賑わっていた。
仰ぐ犬山城は松江城と共に5国宝城のひとつ
天守閣への入場には列で入城に30分かかった
松江城と同じく石落としや狭間は黒板が基調
狭い階段を最上階まで50分、城門を見下ろす
木曽川は天然のお堀だ
丸い筒のような瓦が多い
広大な濃尾平野の奥には名古屋の街
2階のみ広くて対面の間、鎧、兜など歴史の提示物があった
石落としの狭間
ここから石を落とす
お城EXPO
2025年6月29日(日)お城EXPO in 松江 くにびきメッセ
一乗谷
2024年10月12日 朝倉氏の一乗谷を訪問した。 復元街並は、約200mにわたる道路に面して整然と並ぶ街並みを、発掘調査で見つかった塀の石垣や 建物礎石をそのまま使い、出土品に基づいて忠実に再現したものである。 一乗谷は朝倉氏のもと栄えたが、賤ケ岳の戦いで信長に敗れてそのまま攻め込まれて滅んだ。
一乗谷の入場券地図
一乗谷の復元街並へ入る
上級屋敷跡
左が武家屋敷、右が庶民の住居地
舞台の跡
中級の武家屋敷跡
庭園跡
武家屋敷の中
台所風景
庶民の町家跡
街並みのレプリカ
井戸跡
千早城跡
2019年10月26日 近鉄の河内長野駅からバスが多く出て大阪からの便がよく、大都市をひかえ多くの登山者でにぎわう。
私には楠正成の千早城跡を抱える山としても憧れがあり、奈良の同窓会の後に登山の機会を得ることができた。
千早城跡から千早本道を金剛山に登り、ダイヤモンドコース経由で伏見峠から下る歩行4時間のコースとなった。
2019年10月26日(土) 千早城跡に登る
急な石段が続く
千早城跡広場に登る
月山富田城と同様、周囲は絶壁で攻めは困難。這い上がる敵に石や油を落とした。
二の丸には千早神社がある。引き続き金剛山に登った
岐阜城
2019年4月28日 金華山に登り岐阜城を見学した。
岐阜城は織田信長の本拠地だった。
金華山329mの上に立つ山城だ。
天守閣からは岐阜の街並みが広がり長良川がゆったり流れる。
遠く名古屋の中心街や御嶽山を眺めることができる。
2019年4月28日 岐阜の金華山に登る
織田信長の本拠となった岐阜城
この時代の石垣は野面積み
天守閣へ入る
妻の濃の絵と着物
岐阜城と城下の絵図
天守閣の直下の御殿と濃尾平野
雪を抱く御嶽山を展望
長良川は天然の堀だ
名古屋の市街地を遠望
岐阜の街並み
ゆったりと流れる長良川
帰りは馬ノ背登山道を下る
馬ノ背登山口には神社の跡
三重塔
信長の居館跡
彦根城
2017年5月30日 金峰山・瑞牆山の帰りに彦根城を見学した。 五国宝城のひとつだ。琵琶湖の港を持ち京都にも近く交通に優れた城だった。 井伊家の城で国政にも大きく関わった歴史ある城だ。 堅牢な作りであることを歩いて実感した。 天守から琵琶湖を見下ろし次に行く竹生島を望んだ。 彦根港から「琵琶湖周航の歌」を口遊みながら遊覧船に揺られ、一度はしたかった竹生島観光をした。
彦根城に入城
松江城と共に国宝の城だ
この橋からしか本丸に入れない固い防御だ
彦根港の船着場から船に乗る
十八番の琵琶湖周航の歌を口遊む
竹生島に着いた
念願の竹生島に上陸
宝厳寺
都久夫須神社
備中松山城
2013年7月16日 備中松山城に登る機会を得た。雲海に浮かぶお城で有名だ。
毛利輝元が捉えた山中鹿之助と対面する予定だった城だ。
危険を察知した吉川元春によって、対面前に高梁川阿井の渡しで山中鹿之助は暗殺された歴史の城だ。
2013年7月16日 高梁市の街から見上げる備中松山城跡
駅から登山道を1時間登ると市街が見えた
城壁が現れる
石垣がりっぱだ
典型の山城だ
本丸が近づく
天守閣が見えた
毛利輝元が山中鹿之助と対面予定だった城。鹿之助は麓の高梁川で暗殺された
裏側から見る
天守閣は松江城に比べてこじんまりとしている
山中鹿之助が暗殺された高梁川(右端)を見下ろす
松本城
2011年5月2日 北アルプスの下山後に松本城を訪問する機会を得た。
この頃は松江城はまだ国宝でなかったが、松本城は国宝として賑わっていた。
天守の作りが美しく、背後に北アルプスの山並みが広がるのが特長だ。
この日は時間が限られ天守閣に登れなかったのが残念だった。
松本城は五国宝城のひとつ
天守の構造が美しい
背景が北アルプスとは最高だ
堀も美しい
前日に登った北アルプスを望む
松本城から常念岳
月山富田城跡
地元を代表する月山富田城 難攻不落の山城で尼子軍が支配した。
中間の山中御殿が政治の場で、3つの虎口に守られた。
本丸は七曲りの上にあり、毛利軍が何度も攻めたが落ちることはなかった。
山中鹿之助は勇猛な家臣で、尼子再興に何度も立ち上がった山陰の英雄だ。
地元の出雲地方を代表する城跡は月山富田城
歴史資料館に展示されている月山のジオラマ。難攻不落の城塞だったことを示す
尼子軍の英雄、山中鹿之助の像
山中御殿には政治を司った建物が並んでいた。虎口は3か所:菅谷口、御子守口、塩谷口
三ノ丸に登ると正面に京羅木山:毛利の本陣、下に広瀬の城下町
飯梨川(富田川)は天然の堀だった
桜の咲く本丸を歩く
冬の月山、山中御殿
山中御殿から京羅木山を仰ぐ 本丸に登る七曲りから山中御殿を見下ろす 三の丸から広瀬の城下町を見下ろす 三の丸から二ノ丸へ ここが本丸、幾多の戦いに堕ちることはなかった 姫路城
少なくとも2回訪れているが、写真が残っていない。
唯一、卒業旅行で撮った写真があった。同級生の西尾勇君と一緒に映っている。
会社の同僚の結婚式が姫路市であり、姫路城を訪れた記憶はハッキリ残っている。
唯一残っていた姫路城での写真